都立日野高校
校長通信
平成22年2月8日
第22号

合唱祭を成功させよう
 昨年の今頃を思い出す。私が日野高校に着任してまだ2ヶ月しか経っていない時期である。12月という年度途中の異動であり、私には不安な気持ちも少なからずあった。それを払拭し、希望に変えてくれたのがマラソン大会と合唱祭での君たちの活躍だった。今年もそうだが二つの行事の間隔が短い。昨年は1週間もなかった。その二つを見事にやって見せてくれたのである。私は日野高に着任するに当たっていくつかの計画をもっていたが、根拠があったわけではない。願望のようなものだ。しかし、君たちのマラソン大会と合唱祭という二つの性質の異なる行事を見て「願望」を「計画」に移行できると確信した。
 マラソン大会は体育の授業の一環として行われる。入念に組み立てられた年間計画に基き、授業の中で慎重に練習(訓練)が進められている。一方、合唱祭は学校行事であり、生徒が主体となって進めている。もちろん、音楽の先生をはじめ担当の先生や担任の先生など、多くの先生方の指導が行われているが、基本的には指揮者、伴奏者がクラスをまとめ、クラスが一体となってハーモニーを奏でるところに意義があり、出来映えが決まる。昨年の私の感想では、歌う前の「紹介文」と出来映えとに相関関係が見られた。紹介文では合唱祭に至るまでの苦労が語られている。その苦労の大きさと合唱の出来映えが比例しているように思えたのである。「苦労」と「達成感」は「比例」する。こんな「数式」が証明できるかどうかはわからないが、苦労を達成感に変えていく「感動」を実感したのは間違いない。その感動は「紹介文」に凝縮され、合唱で爆発していた。
2月26日(金)12時30分開会。時間はまだある。すでにうまくいっているというクラスはほとんどないはずである。指揮者・伴奏者にとってはこれから苦労の本番が始まる。始め、集まらない。次、まとまらない。そして声が出ない。これらは毎年繰り返される苦労の定番である。この定番を乗り越えるとクラス独自の苦労が新たに生まれる。それを超えたところにやっとクラスの味や個性が出てくる。苦労のさなかは何も見えない。だが、この原理だけは見失わないでほしい。苦労が多いからこそ感動があり、達成感が得られるのだ。

卒業生へ
3年生は卒業考査が終わり、卒業を待つだけとなっている。この不安定な時期に思わぬ事故が発生する。人生の節目には希望と悲劇が同居している。この時期、二つのことに留意してほしい。一つは学習。もう一つは生活である。進路が決まり、卒業考査も終わり、何も学ぶことが無いこの時期に4月からの上級学校で通用する学力があるかどうかを点検して準備する。次に生活態度。これは悲劇に直結することが少なくない。2月、3月に起こることもあれば、この時季に芽生えて4月、5月に起こることもある。頭髪をはじめ、身だしなみや遅刻など3年間指導された成果は卒業式で証明してほしい。最後まで、いや最後だからこそ気を抜かないでほしいのである。油断は決まって最後にやって来る。最後とはすなわち取り返しのつかない意味である。

校長通信「Solar Green」   トップページ